昔は、生まれた直後の赤ちゃんや母乳分泌不全のお母さんには「乳母(めのと)」がいたり、もらい乳の習慣がありました。なぜなら生後3日間は、特に初産婦ではまだ母乳の分泌が不十分だからです。昔の人々は、出産直後の数日間に赤ちゃんに栄養や水分が不足した場合、赤ちゃんが脱水症状を起こしたり黄疸が強くなったりして、その後の赤ちゃんの発育に悪影響があることを、経験的に知っていたのに違いありません。しかし、最近では、生まれた赤ちゃんに砂糖水や人工乳(ミルク)を与えない母乳だけによる栄養法(完全母乳哺育)が広がっています。しかも、完全母乳を目指す施設を『赤ちゃんにやさしい病院(BFH:Baby Friendly Hospital)』として認定する制度までも発足しました。お産の直後から母乳が十分出るのであれば問題はないのですが、とくに初産婦では出産当日〜3日間は母乳分泌に乏しく、赤ちゃんが必要とする最小限のカロリー量(基礎代謝量:50Kcal/kg/日)の約1/3程度の補給しか期待できません。そのため、完全母乳哺育の赤ちゃんは出産直後から数日間は栄養不足(飢餓状態)となり、著しい体重減少や/黄疸/低血糖症などの危険性が高くなっているのです。新生児早期にその多くが発症する重症黄疸/低血糖症/頭蓋内出血などが発達障害の原因のひとつとして注目されている中、わが国での完全母乳栄養法は、本当に赤ちゃんにやさしいのでしょうか。完全母乳哺育は赤ちゃんの栄養障害が引き起こすいくつかのリスクを軽視しているようにも思われます。当院で生まれた直後の赤ちゃんは、保育器による保温によって哺乳障害が改善しているため、早期から経口栄養が可能です。すなわち、分娩後1時間目にはビタミンK2シロップを含む糖水を飲み、その後も母乳分泌が十分になるまでの間、人工乳(ミルク)を飲みます(超早期経口栄養)。出産直後から十分な栄養や水分を補給された赤ちゃんは、著しい体重減少や治療を有する重症黄疸などもなく、その後の体重増加や発育も見違えるほど良好です。
 赤ちゃんは体重増加不良や低血糖のため点滴を受けたり、重症黄疸で光線療法を受けることを望んでいるのでしょうか。それとも、何ごともなく順調な経過で元気に退院することを望んでいるのでしょうか。われわれ大人にとって“病気の予防”が重要なように、赤ちゃんにも、重症黄疸や低血糖症などの異常が起こらないようにする“予防医学”が重要なのです。出生直後2時間の保育器内収容での保温や超早期経口栄養は、赤ちゃんの予防医学の第一歩と考えることができるのです。