周産期医学の進歩と問題点
 最近のお産事情として【自然分娩】が流行してます。町にも自然派が目立つようになりました。健康に留意している人々は特に食品や身の回り品に注意し、自然品であると安心感を感じているようです。多くの人々も自然分娩の中に【自然=安心】を求めているのではないでしょうか。そのような自然分娩志向の背景には、子宮収縮剤等の使用による医療事故の報道や病院での管理分娩(点滴やモニターで自由を奪われたお産)に対する警戒心などが存在し、それらが一部のお産専門誌や一部のマスコミによって増幅されて、今の流行が演出されているように思えてなりません。わたしたちお産に関わる専門家の説明不足と怠慢がこの事態を招いたとも考えられます。
 お産は病気ではありません。多くの妊婦さん達が、お産が特別なものではなく、日常生活の延長として簡単に通過できるもの(楽で安全なもの)であってほしい、と願っていると思います。妊婦さんの希望は、まず母児ともに安全であること/元気な赤ちゃんを産むこと/満足で快適なお産をすること/そして健康な赤ちゃんを育てることではないでしょうか。もちろんわが国は、世界で一番安全なお産ができる国です。わが国の成績を各国と比較すると、妊産婦死亡/10万人は日本8人・米国8人・発展途上国100〜1,000人、28週以降の死産/1,000人は日本2.7人・米国4.5人・発展途上国(資料なし)、1才未満児の死亡/1,000人は日本4人・米国7人・発展途上国100〜200人です(厚生省資料,2000年)。この違いの多くは最新の周産期医療(妊娠中の超音波検査や分娩中の胎児モニターの技術)やその他の進んだ医療が受けられたか否かによるものです。多くのお母さん方が自然なお産を望まれているのは確かだと思います。しかし本当に自分自身や赤ちゃんの安全性を軽視してまでも自然なお産を望んでいるのでしょうか。
 超音波検査や胎児モニターは陣痛が始まる前の赤ちゃんの異常や低酸素血症を予測することができます。分娩直前の赤ちゃんの頭が骨盤の中に入っている時期は、臍帯の巻絡や圧迫等で赤ちゃんが最も低酸素血症になりやすい時期です。そうなれば直ちに会陰切開・吸引分娩・帝王切開などの適切な処置が必要です。胎児モニターは赤ちゃんの低酸素状態の有無を判断する最も信頼できる方法です。最近の自然分娩の流行に危険性を感じているのはわたしたちだけではないようです。愛育病院(東京都)の報告(2000年)では、年間分娩数1,344例のうち、結果からみて、妊娠中から分娩終了までに全く異常がなかったのは865例(64%、 3人に2人)で、残りの36%はなんらかの医学的処置を受けています。特に陣痛が始まる直前までまったく異常のなかった1,051例中186例(18%、5〜6人に1人)に、分娩中に医学的処置を要するリスクが出現しています。それらの異常を放置しておいて良いものでしょうか。お産は終わってしまうまでわからないのが現実です。
 わが国は世界で一番安全なお産ができる国ですが、ほとんどの妊婦さんが知らない意外な事実があります。それは発達障害児(脳性麻痺等を含む)の正確な発生率がごくわずかな都道府県でしか公表されていないことです。発達障害とは脳性麻痺・精神遅滞・自閉症・てんかん・学習障害・視覚/聴覚障害などを意味します。わが国の厚生省資料(2000年)によれば、視覚/聴覚障害児の明らかな増加が認められています。また他の資料によれば、先天異常や高度の障害の発生率には変化ないようですが、軽度の発達障害のある(グレイゾーンの)子供たちが増加傾向にあると懸念されています。脳性麻痺を含む重度心身障害児の発生数は、各地の報告では出生1,000人に対し1.0〜2.0人ですが、全発達障害児の発生数はその約10倍と考えられています(大阪府,1993年)。すなわち、生まれた赤ちゃんの50人〜100人に1人が発達障害児と診断されているのです。
 発達障害の発生原因は数多くあります。1)出生前の異常、2)分娩中の異常、3)新生児時期の異常、4)原因不明などですが、出生前の異常(先天異常)や未熟児を除いた他の重要な原因として、分娩中の赤ちゃんの低酸素血症、分娩後の赤ちゃんの黄疸・低血糖症・脳出血などがあります。1996年の米国の報告では、分娩後(新生児時期)に原因がある障害児の発生が増加していると報告されています。新生児時期に発達障害を起こす原因の中には、黄疸や検査をしていない低血糖症が多く含まれていると推察されています。われわれお産にたずさわる医師や助産婦は、これらの点を大いにふまえて妊婦さんや赤ちゃんの看護/予防/治療に取り組むべきではないでしょうか。すなわち、安全なお産を目的とした妊娠初期からの栄養/生活指導をすること、妊娠中の異常を早期に発見すること、分娩中の赤ちゃんの低酸素血症を胎児モニターにより早期発見し酸素投与や急速墜娩をすることによって防止すること、新生児時期の低血糖症・重症黄疸・新生児出血症などを出産後早期からの慎重なケアによって予防すること、などではないでしょうか。 * 武久 徹 著:胎児仮死の臨床的評価と治療
(周産期医学Vol.27 No.10 1997-10 より引用)
 ある雑誌(1997年)には福岡市近辺で生まれた赤ちゃんの約40人に1人が市の障害児センターを受診していると書かれていました。その障害の程度や原因は様々と思いますが、そのような赤ちゃんをひとりでも減らすことが医師や助産婦の使命だと思います。医療の手を一切加えないのが自然分娩ではなく、より安全で正常なお産をするための医療を加味したお産こそが、本当の自然/正常分娩なのではないでしょうか。
 厚生労働省は21世紀初頭の母子保健の目標として「健やか親子21と題した国民運動計画を推進することになりました。これは母子の健康増進にとってたいへんすばらしい運動です。この運動の推進によって、わが国の妊産婦死亡のさらなる減少などとともに、発達障害児の発生も減少することを期待したいと思います。
 21世紀の自然分娩とは、自然と科学が調和した、母児ともに安全かつ快適なお産であるべきです。