臨床体温研究会 第19回学術集会―抄録集―
2004年8月28日(札幌市)
教育講演
環境温度が赤ちゃんの体温調節機構に及ぼす影響について
―赤ちゃんを発達障害・SIDSから守るために―
医療法人KMC 久保田産婦人科麻酔科医院
院長 久保田 史郎

人間は、生命ある限り『熱』を産生し続ける。通常の環境温度下では、その産熱量に対して放熱量を調節(末梢血管の収縮/拡張)する事で体温を恒常に保つ。しかし、震えや汗をかく様な極端な低温/高温環境に直面した時、放熱量の調節に加えて、産熱亢進/産熱抑制という体温調節機構が働く。
 例えば、分娩を境に急激な環境温度の低下に遭遇した赤ちゃんは、身を縮め、手足は冷たく、筋緊張を高め、オギャーオギャーと激しく泣く。これらの行動は、より早く恒温状態に落ち着くための体温調節機構そのものである。身を縮め、手足が冷たい理由は、放熱を防ぐための末梢血管収縮による。出生直後に赤ちゃんが激しく泣き出す理由は、全身の筋肉運動(啼泣)によって熱産生を増やすのが目的である。ところで、早期新生児を低体温状態に長く放置した場合、末梢血管収縮は四肢のみならず消化管血流をも減少させ、初期嘔吐などの消化管機能低下を引き起こす事が分かった。そこで当院では、全ての赤ちゃんに生後2時間の保温 (保育器内収容)をすることによって、初期嘔吐を激減させ生後1時間目からの超早期経口栄養を可能にした。その結果、新生児早期の栄養不足は著しく改善され、発達障害の原因となる低血糖症や重症黄疸の赤ちゃんは見られなくなった。
 一方、赤ちゃんを高温環境に収容すると、手足を広げ、顔色はピンク、筋肉は弛緩、睡眠状態が続く。これらの行動は、体温上昇を防ぐための体温調節機構(放熱促進+産熱抑制)の働きによる。同様の行動は、睡眠中の赤ちゃんに衣服(帽子・靴下など)を着せ過ぎた場合にも見られる。着せ過ぎによって衣服内環境は高温多湿となり、放熱機能を失った赤ちゃんは容易にうつ熱になる。高温多湿環境下(衣服内)では睡眠に伴う体温下降が生じないため、寒さを感じない赤ちゃんは眠りから覚めないのが特徴(覚醒反応遅延)。この持続的睡眠は衣服内温度を自分の体温で次第に上昇(蓄熱)させ、児をさらに加温する。高体温化(うつ熱)が進むにつれて放熱促進に産熱抑制機構が加わり、児は眠りから覚めず、筋緊張は低下し続け、特にうつ伏せ寝では呼吸運動が抑制され低酸素血症に陥る。心血管系においても、末梢血管拡張、交感神経抑制、発汗による脱水も加わって血圧は低下し続ける。SIDSは、人間が恒温状態を保つ為に産熱抑制機構(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)を強いられる環境に遭遇した時に発症する。