赤ちゃんを守る無痛分娩
久保田史郎
  あなたは、予定日が近づいたある日、突然の痛みで目を覚ましました。陣痛が始まったのです。日本では昔から、「お産の痛みを我慢するのが美徳」「痛んでこそ赤ちゃんへの愛情が深まる」と言われてきました。それは本当でしょうか。
 欧米の国々では90%以上が無痛分娩で出産しています。その理由の一つは、強い痛みのために妊婦が呼吸をし過ぎる「過呼吸」の状態になると、血管の収縮を招いて臍帯血中の酸素濃度が低下する「低酸素血症」になるなど、胎児に仮死状態が出現する恐れがあり得るからです。この痛みを取ると過呼吸が消え、胎児を仮死状態から救い出すことができるのです。
 欧米での無痛分娩は麻酔科医がします。日本でこうした無痛分娩がなかなか普及しない理由の一つは、麻酔科医が少ないからです。 無痛分娩には、ほぼ眠ったままの「全身麻酔法」、背中からチューブで局所麻酔薬を注入する「硬膜外麻酔法」、分娩直前の一〜二時間の痛みを和らげる「陰部神経ブロック」などがあります。多くの妊婦が、自然の陣痛に沿った「あまり痛くなく、安全で、産む喜びが実感できるお産」を望んでいます。私の医院で行っている陰部神経ブロックは、最も痛い分娩前一〜二時間の腰や産道の痛みを和らげ、また、産道の筋肉を弛緩させるため赤ちゃんの頭が出やすくなり、安産効果に優れた安全な局所麻酔法です。
 私は無痛分娩を修得するために麻酔科で勉強しましたが、最も役に立ったのは、麻酔中に話せない患者さんが何を必要としているのかを見極めるための全身管理法を学んだことです。
 一般に体温が低くなると呼吸や循環、消化器機能が低下して、術後の回復を妨げます。出生直後の赤ちゃんも同じです。お産を境に約三八度の子宮内から約二五度の分娩室へという環境温度の著しい低下に対応するため、赤ちゃんは全身の末梢血管を収縮させます。この血管収縮は腸などの消化管にまで及び赤ちゃんの血糖調節機能や消化機能に悪影響を与えることがわかりました。出生直後の保温によって超早期経口栄養が可能になったことで、新生児早期の低血糖症や、栄養不足が原因で起きる重症黄疸がなくなったのです。
 自然の長所を生かし短所を補う「自然と科学が調和したお産」こそが、母子にとって安全で満足いくお産であり、現代の本当に自然で正常な分娩なのです。
(久保田産婦人科医院院長=福岡市中央区)