臨床体温 23巻1号 2005年

総説

環境温度が赤ちゃんの体温調節機構に及ぼす影響について
―赤ちゃんを発達障害・SIDSから守るために―



久保田 史郎

医療法人久保田産婦人科麻酔科医院
福岡市
内容の詳細はメディカルオンライン

要旨
人間は,生命ある限り『熱』を産生し続ける.通常の環境温度下では,その産熱量に対して放熱量を調節(末梢血管の収縮/拡張)する事で体温を恒常に保っている.しかし,震えや汗をかく様な極端な低温/高温環境に直面した時,放熱量の調節に加えて,産熱亢進/産熱抑制という体温調節機構が働く.
例えば,出生直後の赤ちゃんは,身を縮め,手足は冷たく,筋緊張を高め,産声をあげる.これらの行動は,出生直後の低体温から恒温状態に安定するための体温調節機構そのものである.手足が冷たい理由は,放熱を防ぐための末梢血管収縮による.産声は全身の筋肉運動(啼泣)によって熱産生を亢進するためとも考えられる.しかし,その産熱亢進には多くのエネルギーを必要とするが,母乳哺育では最初の3日間の母乳分泌量は極少量のため,熱産生は主に褐色脂肪細胞の分解によって行なわれる.その結果,遊離脂肪酸が血中に増え,ビリルビン代謝を障害し重症黄疸の原因となる.我国の重症黄疸(ビリルビン濃度18mg/dl以上)の発症率は5~20%前後と考えられるが,その頻度は施設つまり哺育法の違いによって様々である.当院で出生した約10000人の新生児における重症黄疸の発生頻度は僅か9人(0.1%)であった.当院で重症黄疸が全国平均に比べ少ない理由は,生後2時間の保温と超早期混合栄養によって,栄養不足の改善と胎便排泄の促進が間接ビリルビンの上昇を防いだ結果と考えられた.
一方,赤ちゃんを高温環境に収容すると,汗をかき,手足を広げ,顔色はピンク,筋肉は弛緩,睡眠状態が続く.これらの行動は,体温上昇を防ぐための体温調節(放熱促進+産熱抑制)の作用による.我国で病気と考えられている乳幼児突然死症候群は,児が産熱抑制(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)を強いられる育児環境に遭遇した時に発生すると考えられた.
キーワード:環境温度,重症黄疸,消化管機能,初期嘔吐,新生児,生理的体重減少,体温調節,超早期混合栄養法,低血糖,発達障害児,乳幼児突然死症候群

結語
重症黄疸や低血糖症は,昔から発達障害児の最も重要な危険因子として知られている.しかし,それらの治療法は研究されているが予防法についての報告は皆無に等しい.我国の発達障害児の頻度は20人に1人といわれ,年々増えている.その予防策こそがここで述べた早期新生児の体温管理と超早期混合栄養法にある.母乳は児にとって最高の栄養源であることに異論はない.しかし,母乳が十分に分泌し始めるまでの生後3日間の極度の栄養不足は生理的範囲を越えた厳しいものであることも事実である.Cornblathは出生直後の体温下降を最小限に止め,血糖値を正常に保持することが早期新生児の基本的管理と述べている.出生直後の赤ちゃんに快適な環境温を準備し栄養不足にならない様に哺育管理することは,発達障害児を未然に防ぐ意味で医学的に必要な管理である.
今回,中枢と末梢深部体温を同時に測定することによって,児の体温情報を詳しく知ることが出来た.C-DBT/P-DBTの体温較差は産熱量の程度を表わすものとして注目に値する(図20).また,低温/高温環境下における持続的な末梢血管の収縮/拡張は,自律神経機能を損なうものとして注意が必要である.特に,高温環境下において何らかの理由で血圧低下が生じたとしても,血管を収縮させ血圧を上昇させるためのカテコールアミンの分泌は抑制されているからである.即ち,人間の自律神経機能は生命維持装置の安全性よりも,体温を恒常に保つための体温調節機構の方を優先的に作動させているにちがいない.SIDSをはじめ,肥満(脂肪=放熱障害)に多く見られる睡眠時無呼吸症候群46),高齢者の屋内熱中症や入浴中の事故などは,産熱抑制(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)と持続的な末梢血管拡張(自律神経機能不全)という体温調節機構の中に,それらの原因が潜んでいる様な気がしてならない.快適な環境温度,そして放熱機構が正常に作動することが,生命の安全にいかに重要であるかを学んだ.予防医学に基いた当院の体温管理と栄養法,ヒトの体温調節のメカニズムに関心をもって頂けたら幸いである.

本稿は日本新生児学会総会(第17回,第18回,第34回,第39回),母乳哺育学会(2001年),SIDS学会(2002年)で発表し,日本小児麻酔学会(2003年),臨床体温研究会(2004年)で講演したものをまとめたものである.