第5章 水中散歩で生活習慣病を防ぐ

1.水中運動(妊婦水泳/水中散歩)を始めた動機
1983年開業と同時に、妊婦の肥満対策・運動不足・体力不足・ストレス解消、Enjoy Maternity Life などを目的として、妊婦水泳を始めました。
開業して25年間で約 11,000人の赤ちゃんが当院で生まれましたが、約半数の5,000人の妊婦さんが水中運動 (妊婦水泳・水中散歩) に参加されました。最初の20年間(1983年〜2002年)は妊婦水泳を、2003年以降は妊婦水泳から水中散歩に運動方針を変えました。その理由は、最初の20年間の妊婦水泳群 (2500人) に驚くべき想定外の臨床効果があったからです。水中運動の安全性と臨床効果を高め、一人でも多くの妊婦さんに水中散歩に参加して欲しかったからです。

■水中散歩に想定外の臨床効果
想定外の効果とは、妊婦水泳群に胎盤早期剥離が一人も発生しなかった事です。
開業して最初の20年間 (総分娩数 8500人中) の胎盤早期剥離の発生数は21人でした。水泳群と非水泳群に分けて発生率を比べると、妊婦水泳群は0% (0/2500人中)、非水泳群は0.4% (21/6000人)。さらに妊婦水泳群に重症妊娠高血圧症の妊婦さんが殆どいない事も分かりました。水泳群(水圧+浮力)と非水泳群(重力)の違いの中に、妊娠高血圧症・胎盤早期剥離の病態 (原因・予防法)を解明するヒントが隠れていると考えました。

■妊婦水泳から、水中散歩へ 運動方針を変えた理由
妊婦水泳から水中散歩に方針を変えた理由は、水面を泳ぐより、水中散歩の方がより多くの水圧と浮力が作用すると考えたからです。妊娠高血圧症・胎盤早期剥離などの臨床像の改善の秘密は、水の特性である「水圧+浮力」にあると考えました。
―水中散歩の長所―
*妊婦水泳は運動が激しく、脈拍は安静時の約 50〜100% 増え、頻脈(120〜150/分)になります。その為、妊娠高血圧・心臓病の妊婦さん、多胎妊娠、子宮筋腫合併妊娠など、早産を起こし易い異常妊娠の妊婦さんは、妊婦水泳の参加が認められませんでした。妊婦水泳は、妊娠経過に異常が無く、健康な妊婦さんだけに対象が制限されていたからです。

*水中散歩は浮力が働くため体重は約1/10と軽くなり、足/腰、とくに妊娠子宮に負荷(重力)が少なくなり、陸上の散歩に比べはるかに安全に水中を動き回る事が出来ます。また妊婦水泳に比べ、水中散歩は呼吸/脈拍/血圧に変動が少なく、心臓病・妊娠高血圧(軽症)の妊婦さんにも水中散歩の適応が拡大します。
*水中散歩は泳ぎが苦手の妊婦さんも気兼ねなく参加できます。妊婦水泳から水中散歩へ運動方針を変えた事によって、水中運動の参加者は、20%(妊婦水泳) から 約 80%(水中散歩)に増えたのです。
2.水中散歩の歴史
■2003年(平成15年) 11月8日 土曜日  朝日新聞発行
妊婦水泳 安産に効果―胎児も母体もプカプカ気分―

 福岡市中央区平尾2丁目の久保田産婦人科医院(久保田史郎院長)が妊婦水泳を採り入れて20年になる。全国でも先駆的な取り組みで、この間、約3500人が参加、重い妊娠中毒症などには1人もかかっていないという。運動不足の解消のつもりが、予想を超える効果を上げ、今では胎児や母体を守る大切な方法として位置づけられている。
 おなかの大きな女性たちが水着に身を包み、ゆっくりと水の中で歩を進める。25メートルのコースを静かに歩く12人は血圧が高かったり、おなかが張ったりする妊婦だ。 隣では、24人が音楽に合わせて手足や腰を動かしながら、水中エアロビクス。笑顔がこぼれ、笑い声もあがる。こちらはおなかの張りなどを訴えていないグループだ。
毎日、昼過ぎから1時間、体調に応じたプログラムでプールに入る。
 久保田院長(58)が福岡スイミング(福岡市城南区鳥飼4丁目)の協力を得て、妊婦水泳を採り入れたのは83年。日本で妊婦水泳が始まって間もないころだった。 運動不足になりがちな妊婦の肥満予防策だったが、お産が軽く、一般に1割ほどがなる妊娠中毒症や、200〜300人に1人とされる胎盤早期剥離(はくり)も全く出なかった。89年から94年に医院で出産した妊婦水泳参加者の帝王切開率は3・7%。全国平均の3分の1程度にとどまった。 ただ、これまでは血圧などに問題がなく、かつ泳げる人に限られていた。血圧が高い妊娠中毒症の場合、泳ぐと脈拍が上がり、さらに血圧が高くなってしまうため、水泳はタブーとされている。 そこで、今年2月から水中散歩を始めた。
水中散歩は(1)利尿効果にすぐれ、むくみの予防と治療になる(2)末梢(まっしょう)血管を広げ、血行をよくする(3)体の緊張を和らげ、腰痛の治療に効果的――など多くの利点が見込まれている。また、浮力の影響で逆子を直す効果も期待できるという。 9月5日に双子を出産した福岡市中央区の松尾明子さん(29)は、2回ほど水中散歩をした後、逆子が直った。「体がもつ間はずっと参加していました。気持ちがいいし、よく尿も出た。水から上がると足腰が立たないほど体が重たい。それぐらい水の中ではスムーズに動けていました」。つわりで1日5回も吐いていた福馬亜由美さん(24)もプールに来るようになって、吐き気が1日1回程度に収まったという。久保田院長は「水中運動は生理学的な作用だけでなく、楽しく、仲間もできるので、精神的なリラックスにもつながる。マタニティーブルーの解消にもなる」と話している。

愛育病院(東京)の元院長で産婦人科医の堀口貞夫さんの話
 水の中では、深いところに水圧がかかるため、下半身のうっ血がとれる。比較調査をしないと、中毒症などの治療に効果があると断定はできないが、理論的には血流がよくなり、尿が出てむくみがとれる。ウオーキングなら泳げない人でもできるし、第2の心臓といわれるふくらはぎを動かすことにもなる。そのうえ、ひざや腰に負担をかけないですむ。

■Doctor's Voice 久保田産婦人科麻酔科医院
水中散歩で元気に安産(月刊はかた Octover 2007 Vol.227)
 メタボリック症候群やエコノミー症候群に代表される“生活習慣病”のほとんどは現代社会が作り出した病気だが、最近では妊婦の妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病といった生活習慣病も増えている。これらの防止策として注目を集めているのが水中散歩。この水中散歩を全国でもいち早く取り入れ、実践しているのが「久保田産婦人科麻酔科医院」の院長・久保田史郎先生だ。 「もともとは妊婦さんの運動不足を解消するために24年前から妊婦水泳を推奨していましたが、水泳だと血圧の高い方や泳げない方は諦めざるをえなかった。そこで、水中を歩くだけではどうだろうと考え自分で水中散歩をやってみると、足が温まり尿がたくさん出ることに気がついたのです」という久保田先生。それ以来、先生は妊婦に水中散歩を推奨している。実際に一九八三年の開業以来、久保田産婦人科麻酔科医院で出産した約一万千人のうち、妊婦水泳に参加した約四千人の妊婦には妊娠高血圧症(旧;重症妊娠中毒症)は出ていないという。
水中散歩の仕組みはこうだ。陸上の散歩と違い水中散歩では浮力と水圧が加わり下肢から心臓に戻る静脈還流が増加する。水中散歩で尿量が増える訳は、静脈還流の増加によって腎臓を通過する血流量が増えたためではないかと説明する。妊娠高血圧症を予防できた理由は、静脈還流の増加と利尿作用によって心臓の仕事量が減り血圧上昇を防ぐ作用が働いた(チャート参照)。 温水プールでの「水中散歩は心臓や呼吸に負担をかけることなく、頭から足までの全ての臓器の血流量を増やすことによってそれらの機能を助長させるので、妊婦さんだけでなく生活習慣病の予防と治療に、また高齢者の健康維持にも最適」と予防医学の重要性を訴える。

3.水中散歩で高血圧症・肥満を防ぐ
■水中散歩で妊娠高血圧症を予防した症例(図18)
症例1:M.O. 身長165cm : 第1子は妊娠高血圧症、胎児ジストレスの診断で緊急帝王切開となった。児の体重は528g、妊娠24週4日で出生。妊婦の仕事は事務職(デスクワーク)であった。仕事は毎晩9〜10時頃まで、夕食時間23時、朝食ヌキの妊娠生活であった。睡眠時間は5〜6時間。妊婦は妊娠19週に血圧上昇、下肢の浮腫が出現、妊娠23週で体重が急激に増え、タンパク尿、頭痛が出現したため大学病院に緊急母体搬送した。初回検診時より,生活習慣の改善のための生活指導、母親教室、水中散歩への参加を勧めたが、仕事に追われ会社を休む事が出来なかった。妊婦の生活習慣(過労、睡眠不足、ストレス、運動不足など)の間違いが胎児を犠牲にした症例である。
第2子を妊娠8週で確認。第1子が妊娠高血圧症、帝王切開分娩のため大学病院での妊娠分娩管理を勧めたが、当院での出産を強く希望されたため、いくつかの条件(当院の安産7ヶ条)を提示し、その案に協力することを条件に当院で管理させて頂く事とした。
第2子の妊娠経過は、妊娠が確認されたと同時に仕事を退職され、当院の安産のための7ヶ条を実践された。水中散歩は計45回、妊娠高血圧症に特徴的な、高血圧、浮腫、タンパク尿は出ず、妊娠中の体重増加は約8kgと理想的体重であった。帝王切開にて出生時体重2784g(G37w4d)の元気な赤ちゃんが誕生した。妊娠高血圧症は繰り返すと報告されているが、生活習慣の改善と水中散歩によって、妊娠高血圧症を予防した症例である。

■症例2: H.S. 身長165cm、(図19)
症例2は、第1子が胎児発育遅延(IUGR)、産後に重症妊娠高血圧症があった。水中散歩と生活習慣の改善で再発防止した症例。
第1子(31才)、妊娠中体重増加+1kg(70kg→71kg)
第2子(34才)、妊娠中体重増加+1kg(75kg→76kg)

出生体重は、第1子2296g(妊娠38週5日)、第2子3716g(妊娠39週6日)であった。
妊娠中の体重増加は第1子・第2子、共に同じ+1kgであったにもかかわらず、出生体重に約1400gの差が生じた。第1子の時はデスクワーク(PC)の仕事をされていたが、第2子の時は仕事を辞められ水中散歩に50回通われた。この新生児の体重差は、妊婦の栄養摂取量ではなく、妊婦の生活習慣の改善と水中散歩で静脈還流量を促進し、腎血流量増加と子宮胎盤血流量を増やした結果と考えられる。

日本では、満期産の低出生体重児の増加が報告されているが、その原因は冷え性(末梢血管収縮)の妊婦さんが増加している事に起因していると考えられた。厚労省は低出生体重児増加の予防に妊婦の摂取カロリーを増やしたが、妊婦の体重が増えすぎる事と、胎児の高インスリン血症を増やす点が問題である。妊婦の摂取カロリーを増やしても低出生体重児の増加防止に効果は期待薄と考える。低出生体重児を予防する為には、子宮胎盤血流を増やす工夫(水中散歩と生活習慣の改善)が必要である。

■生活習慣の改善が、肥満妊婦の体重、胎児発育に及ぼす影響(図20)
N.K. 34才、初産婦、172cm、体重83kg、妊娠前の食生活習慣 朝食ナシ、夕食11時以降など、生活習慣に問題点の多い妊婦さんであった。当院の「安産のための7ヶ条」に同意され模範的な妊娠生活が始まった。赤ちゃんは妊娠38週4日、3504gで出生した。妊娠中の体重増加は−11kg(83kg→72kg)、産後1ヶ月検診時の体重は65kgであった。妊娠前の冷え性、便秘、腰痛、肩こり、腰痛などの不快な症状は全て改善されていた。生活習慣(食事・行動)の改善が無ければ、体重は100kgまで増加し、妊娠糖尿病、妊娠高血圧症、難産になっていた可能性が極めて高い症例であった。当院の肥満妊婦に対する栄養指導のポイントは、朝食を必ずとる事、夕食は7時までに終る事、夕食後のデザート(果物・アイス・ケーキ)・間食を取らないこと、冷え性・便秘・頭痛・肩こり・運動不足の妊婦さんは、週1〜2回の水中散歩を積極的に勧めています

4.当院の「安産のための7ヶ条」 とは
@ 朝食は必ずとる(和食が理想)
A 17時以降の仕事、残業は出来るだけ控える。理由は、子宮収縮は夕方に強く起こり易い事、夕食時間が遅くなるからです。
B 夕食は遅くとも20時までに終る。夕食時間が遅くなるほど体重は増え、朝食抜きになるからです。肥満妊婦の共通項は夕食時間が遅く、朝食抜きの人です。
C 食後のデザート(果物・ケーキ・チョコ・アイス)の摂りすぎに注意、胎児を太らせるだけでなく、高インシュリン血症児(糖尿病児)にする危険性があるからです。高インシュリン血症児は出生直後に低血糖症に陥り、ケイレン・呼吸停止の危険性が出てきます。(症状が表に出ない無症候性低血糖が発達障害の原因と考えています。)
D 風呂は寝る前にゆっくり入る。冷え性(末梢血管収縮)の妊婦さんは体を温め、収
縮した下肢の血管を開く必要があります。シャワーには保温効果はありません。
E 午後11時までに寝るのが理想(睡眠は最低7〜8時間とる)。睡眠には末梢血管拡張作用(冷え症の予防)があるため、下肢から心臓への静脈還流量が増え、腸・腎臓・子宮など、すべての臓器の血流を改善します。特に、冷え性の妊婦さんは睡眠を十分にとることが大事です。
F 週に1〜3回、水中散歩に参加すると冷え性は改善され、生活習慣病(便秘、頭
痛、肩こり、など)の改善、妊娠高血圧症、早産、常胎盤早期剥離、 胎児発育遅延を防ぎ、低出生体重児の予防に著しい効果を発揮します。勿論、水中散歩に参加する回数が多いほど効果が上がります。


5 当院は妊婦の「体重管理」に厳しいことで有名です。それは何の為でしょう
難産と、発達障害(自閉症)を防ぐためです。
お産もオリンピックと同様に体調を整え Best Conditionで臨まなければなりません。妊娠中に太り過ぎると胎児の肥満(巨大児)と産道に脂肪が付き過ぎる事などによって難産になります。難産が増えると帝王切開も増えます。また分娩時の出血量も多くなります。妊娠中の太り過ぎを防ぐには朝食を必ず食べる事、夕食を午後8時までに終わる事がポイントです。糖分の摂り過ぎは母親を肥満と妊娠糖尿病にするだけでなく、胎児を「高インスリン血症児」にします。特に夕食後のデザート(果物・ケーキ・アイスなど)の摂り過ぎは胎児の血糖値を上げ、胎児は膵臓からインスリンを多量に分泌し、自分で血糖値を調節します。分娩直後にへその緒が切断されると、とくに高インスリン血症児は母親からの糖分が突然に途絶えるため容易に低血糖症に陥ります。その高インスリン血症の赤ちゃんを寒い部屋でカンガルーケアを行い、完全母乳にすると、赤ちゃんは「低体温症⇔低血糖症」の悪循環に陥り、低血糖から正常域への回復が遅れ脳に障害を来します。出生前に高インスリン血症児かどうかの診断は出来ませんので、全ての赤ちゃんが高インスリン児と考えて低血糖症を予防しなければなりません。低血糖症が長引けば、赤ちゃんは発達障害(自閉症)になる危険性が増えます。当院が妊婦の肥満・太り過ぎにうるさかったのは、高インスリン血症児を防ぎ、発達障害から赤ちゃんを守る為だったのです。

6 「母親教室」は妊娠初期に受講しましょう
★当院の特徴は母親教室の「安全学校」です。
*母親教室では、妊娠・分娩中の事故(妊娠合併症・難産・発達障害)を防ぎ、「安産のための戦略」を指導します。流産・早産などからお腹の赤ちゃんを守るために早めに受講しましょう。
*現代女性の約50%〜70%は「冷え性」です。妊婦の冷え性の問題点は、流産・早産・妊娠高血圧症 ・ 胎盤早期剥離 ・ 胎児発育遅延などを引き起こすことです。
*妊娠初期の流産予防には「冷え症対策」が重要です。まず畑(胎盤)に種(胎芽)をまいたら水と肥料をやり、太陽を当てるのが常識です。それは子宮内の赤ちゃん(胎芽)にも同じことが言えます。胎児に栄養(水・肥料)と温もり(太陽)を運ぶためには「子宮胎盤血流量」を増やすことが重要です。そのためには十分な睡眠が効果的です。妊娠初期にウトウト眠くなるのは子宮胎盤血流を増やすためです。睡眠には末梢血管を拡張し子宮胎盤血流を増やす作用があるからです。
*冷え症の原因は、睡眠不足、タバコ、デスクワーク、薄着、痩せ、運動不足、クーラーなどです。予防と治療は、睡眠・長風呂・ふくらはぎマッサージ・温かい食事を摂り体温を上げる、水中散歩、長時間のデスクワーク(エコノミー症候群)をさける・夜勤を避ける・薄着に注意・禁煙などです。
★妊娠・分娩を自動車免許に例えると、初産婦さんはまるで無免許運転みたいに赤信号(お腹の張り・浮腫・頭痛・出血など)を怖さ知らずで渡ろうとします。妊婦さんも車の運転と同様に事故にあわないように妊娠中の安全ガイドを学びましょう。それが当院の「母親教室」です。ここの院長はテニスの錦織 圭選手のコーチ(マイケル・チャン氏)と似たところがあります。錦織 選手が強くなったのはなぜか、それはコーチ(主治医)のマイケル・チャン効果です。チャン氏の指導とは、同選手の @体調を整えた、A勝利の「戦略」を立てた、B自信を持たせたことです。お産もテニスと同じ。妊婦の体調を整え、安産のための戦略を立て、自信を持たせることが安産の秘訣です。当院の母親教室では、妊婦と胎児を事故から守り、「安産のための設計図」を分かり易く科学的根拠に基いて指導します。 皆様の安産を願って!