厚労省は、「授乳・離乳の支援ガイド」の見直しを!

―カンガルーケア中の心肺停止・発達障害・SIDSを防ぐためにー

久保田産婦人科麻酔科医院
院長 久保田史郎
平成23年3月31日

はじめに
日本では母乳促進運動を契機に出生直後の“産湯”の習慣は無くなり、生後30分以内のカンガルーケア(KC)、完全母乳、母子同室が当たり前となった。ところが、KC中に、突然のチアノーゼ・気道閉塞・心肺停止などの事故が相次いでいる事が平成20年度こども未来財団の調査で分った。全国アンケート調査では、カンガルーケア中の急変例は全例正期産児であり、生後1時間以内に事故が多発していた。KC中断の理由は、@チアノーゼの増強、A低体温、B酸素飽和度の低下、C呼吸停止であった。
また、厚労省がWHO/ユニセフの「母乳育児を成功させるための10カ条」の後援を開始した時期に一致して、福岡市では発達障害児が驚異的に増加していた。米国でも母乳促進運動の後から急激に増えていた。発達障害は母乳推進運動(KC・完全母乳)の導入後から急激に増加している事から、出生直後の低体温・低血糖・低栄養・重症黄疸などの複数因子が脳神経発達に障害を引き起こしたと考えられる。そこで、分娩直後の環境温度に注目し、寒冷刺激(胎内と胎外の環境温度差)が自律神経および体温調節・呼吸循環・糖代謝・消化管機能などに及ぼす影響について検討した。その結果、日本の分娩室(24℃〜26℃)は服を着た大人には快適であるが、出生直後の裸の新生児にとって寒過ぎる事が分った。つまり、カンガルーケア中の心肺停止、発達障害児の驚異的な増加は、出生直後の低体温症、低血糖症を防ぐための体温管理(保温)・栄養管理を怠り、母乳育児支援策(カンガルーケア・完全母乳)を優先した厚労省の「授乳・離乳の支援ガイド」に問題がある事が分った。カンガルーケア中の心肺停止・発達障害を防ぐためには、厚労省は「授乳・離乳の支援ガイド」を見直し、出生直後の寒い分娩室でのカンガルーケア、母乳分泌に乏しい生後3日間の完全母乳哺育は直ちに中止する様に全ての産科施設に通達すべきである。

1、 日本の分娩室は赤ちゃんに寒過ぎる!
1−1 低温環境(寒冷刺激)が自律神経機能に及ぼす影響
低温環境が危険な理由は、体温や呼吸循環などの生命維持を司る自律神経機能の特性にある。その特性とは、恒温動物である人間が急激な環境温度の変化(寒冷刺激)に遭遇した時、自律神経は呼吸循環などの生命維持の安全より、体温の恒常性を保つための体温調節機構を優先して作動する事である。例えば、赤ちゃんが温かい子宮内(38℃)から寒い分娩室(24〜26℃)に生まれると、自律神経は体温の恒常性(37℃)を維持するための体温調節機構(放熱抑制+産熱亢進)を優先的に作動する。寒い分娩室で放熱抑制機構つまり末梢血管収縮(冷え性)が長時間に及ぶと、呼吸循環・消化管・肝臓・腎臓などの諸臓器の循環血流量は減少し、胎内から胎外生活への適応過程に非生理的な現象(適応障害)を合併する。カンガルーケア中の心肺停止などの事故原因が見つからない理由は、チアノーゼ・呼吸障害・心肺停止などの原因が通常の病気ではなく、出生直後の低体温症(末梢血管収縮)が二次的に呼吸循環障害を引き起こした事故であるからである。即ち、カンガルーケア中のチアノーゼ・気道閉鎖・心肺停止などの事故は、出生直後の低体温症を防ぐための体温管理を怠ったために発症した体温管理ミス(医原性疾患)である。

2、低温環境が糖代謝に及ぼす影響
2−1 (重度)低血糖症で心肺停止
寒い分娩室で出生直後からカンガルーケアを行うと体温下降が強く、児は低体温症を防ぐ為に、放熱抑制(末梢血管収縮)と産熱亢進(筋肉運動=啼泣)によって恒温状態への移行を早めようとする。ところが、出生直後に体温管理(保温)を怠り、母乳以外のカロリー補給もせず、低体温症(産熱亢進状態)が長時間に及ぶと、熱産生に血中グルコースと酸素が大量に消費され、出生直後の一過性の低血糖から正常血糖値への自然回復が困難となる。このとき、低体温予防(保温)、栄養補給(糖分・人工ミルク)、酸素投与などの医学的管理を怠ると血中グルコースは枯渇し、やがて児は重度の低血糖症に陥り、ケイレン・筋弛緩・無呼吸・徐脈などの低血糖症に特有の自律神経機能不全の症状が出現する(図:低血糖症は発達障害の危険因子)。低血糖を見逃し治療が遅れ重度の低血糖症に陥ると、元気に生れた正常新生児でも間違いなく心肺停止に至る(図:低血糖症の一例)。人間が重度の低血糖症に陥ると、生命維持を司る自律神経能(交感神経機能)は機能不全に陥り、体温・呼吸循環等の調節機能が全く作動しなくなるからである。
日本の分娩室は新生児にとって“寒すぎる”(第24回日本母乳哺育学会)

2−2 (無症候性)低血糖症は発達障害の危険因子
中等度の低血糖症つまり症状が表に出ない無症候性低血糖であっても、脳に永久的な障害を遺す危険性がある。無症候性低血糖症が怖いのは、症状が表に出てこないために発見が遅れる事である。低血糖症の問題点は、低血糖症が発達障害の原因であったとしても、血糖検査が行われていないために発達障害は原因不明の病気と診断されている事である。発達障害児の増加を防ぐ為には、母乳が十分に分泌するまでの生後数日間、とくに生後24時間以内の(無症候性)低血糖症を防ぐための医学的管理を積極的に行うべきである。当院が生後24時間以内の早期新生児に糖水・人工ミルクを飲ませる理由は、低血糖症・低栄養を防ぐためである。何故ならば、新生児が生命を維持するために必要な最低限のカロリー摂取量、つまり基礎代謝量(50kcal/kg/day)に相当する母乳はほとんど出ておらず、母乳以外の糖水・人工ミルクを飲ませなければ児は低栄養状態に陥り、脳に障害を与える危険性があるからである。発達障害を防止するためには生後数日間のカロリー不足をいかにして防ぐかが鍵である。

3、国の「授乳・離乳の支援ガイド」の問題点
3−1、重症黄疸(高ビリルビン血症)は小脳の発育を停止!
重症黄疸は生後数日間のカロリー不足が原因
厚労省が平成19年に策定した「授乳・離乳の支援ガイド」には、出生直後の低体温症、(無症候性)低血糖症、低栄養、重症黄疸を防ぐための医学的管理上の注意事項が全く無い。それどころか日本の助産師の多くは、赤ちゃんは「3日分の水筒と弁当」をもって生れてくる、だから母乳以外の糖水・人工ミルクを飲ませる必要はない、と主張する。科学的根拠のない間違った水筒と弁当説は、発達障害の危険因子である低血糖・低栄養・重症黄疸の赤ちゃんを増加させた。動物では、生後数日間の低栄養・重症黄疸は脳に障害を遺すと報告されている。重症黄疸が危険な理由は、動物で黄疸がでると小脳が発育しない。動物ではビリルビンが小脳に侵入すると、神経細胞の分裂停止、タンパク質量の低下、呼吸反応の低下、神経伝達物質の減少などを起こして発育がほとんど停止する。人間でも新生児黄疸が強いと、動物と同じようにビリルビンが脳に侵入し神経細胞が障害されて脳の発育が悪くなる。人でも脳がビリルビンに強く影響される時期には特に注意して黄疸を軽くする必要がある(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所の研究成果より)。
ところが、人間では新生児黄疸は出て当然の様に考えている人が多いが、その当然(常識)が間違い(非常識)なのである。母乳分泌に乏しい生後数日間、出生直後から基礎代謝量に見合うカロリー(人工ミルク)を飲ませれば、治療を要する低血糖症、重症黄疸に陥ることはまず無い。特に生後数日間、児が栄養不足になると赤血球が壊れ易く、血中にビリルビン(神経毒)が増え黄疸が強くなる。日本の全ての産科施設が厚労省の「授乳・離乳の支援ガイド」を忠実に実行すると、低体温症、低血糖症、重症黄疸の赤ちゃんが増え、発達障害児は驚異的に増加すると予測する。人間の赤ちゃんには動物以上に出生直後の低体温・低血糖・低栄養・重症黄疸を防ぐための医学的管理(予防医学)を厳重に行うべきである。

3−2、完全母乳の赤ちゃん(生後24時間以内)は、低血糖症(低栄養)に注意!
新生児体重発育曲線の問題点
新生児の体重減少は、一般に生理的体重減少と安易に考えられている。しかし、何パーセントまでの体重減少率を生理的現象と診断するのか、日本には正常発育の指標となる正常成熟児(2500g以上)の体重発育曲線が無い。そのために飢餓状態の赤ちゃんを生理的体重減少と安易に考え、低血糖、低栄養、重症黄疸の赤ちゃんを増やしたことは間違いない。ところで、第1回「授乳・離乳の支援ガイド」策定に関する研究会において、某委員(助産師)は2500g以上の正常新生児の生理的体重減少率の最低ラインはー15%としました、と報告しているが、−15%の体重減少は児にとって重度の低栄養(飢餓)状態である。母乳分泌不足(低栄養)が原因で体重減少が−15%までを正常域(生理的現象)と考える助産師を、国の「授乳・離乳の支援ガイド」策定に関する研究会メンバーに選出した事が間違いの始まりである。国は科学的根拠に基いた新生児の体重発育曲線を作成しなければ、発達障害の危険因子である低血糖、低栄養、重症黄疸の赤ちゃんを増やすことになる。1948年、今から63年以上も前の米国で作成された体重発育曲線が、日本のお産の現場で今も参考資料として利用されている事に対し、日本の周産期医療の将来に不安を抱かざるを得ない。母乳が出始めるまでの生後3日間の児の栄養不足は、体重減少率を強くしただけでなく、低栄養状態(基礎代謝量以下)を長引かせ、発達障害の危険因子である低血糖、低栄養、重症黄疸の赤ちゃんを増やした。つまり、科学的根拠も無く、−15%までを生理的現象とするいい加減な考えが、新生児を飢餓状態(低血糖・低栄養・重症黄疸)に陥れているのである。完全母乳栄養の抱える問題点(第16回日本母乳哺育学会)

3−3、カンガルーケア中の事故・発達障害児は、元気に出生した正常成熟新生児に多い
日本の新生児医療は目覚しい進歩を遂げたと報道されるが、進歩したのは医師が管理する未熟児医療や心臓病などの先天的疾患に対する診断学と治療学である。ところが母乳育児(カンガルーケア・完全母乳)が普及して以来、発達障害児、カンガルーケア中の心肺停止などの事故が未熟児ではなく正常成熟新生児に驚異的に増加している事を見逃すべきではない。元気に生れてきた正常新生児(2500g以上)の体温・呼吸循環・栄養等の全身管理は、助産師が「授乳・離乳の支援ガイド」にそって管理するところに落とし穴(問題)がある。助産師は国の母乳育児支援策に積極的であるが、この支援策が児にとって危険である事に気が付いていない。この支援策が危ない理由は、寒い分娩室での出生直後の「低体温症」の予防策、母乳が十分に分泌するまでの生後数日間の「栄養不足」に対する注意事項(予防策)が全くない事である。厚労省は、寒い分娩室での出生直後のカンガルーケアが低体温症を招き初期嘔吐・低血糖・肺高血圧症(チアノーゼ・呼吸停止など)を、生後3日間の完全母乳が低血糖・低栄養・脱水・飢餓熱・重症黄疸などの合併症を増やし、NICU入院児・発達障害児を増やしている事を知るべきである。低出生体重児に発達障害・チアノーゼ・呼吸停止等の事故が少ない理由は、保育器(低体温の予防)に入れ、酸素(低酸素の予防)を流し、糖水(低血糖の予防)を点滴するからである。元気に生れてきた正常成熟児の赤ちゃんが危ない理由は、国の母乳育児支援策には、低酸素、低体温、低血糖、低栄養、重症黄疸から赤ちゃんを守るための予防医学が全く無いからである。

4、発達障害の発生頻度、地域間に較差!
札幌市は、京都、名古屋、横浜の約1/10以下
WHO/ユニセフの「母乳育児を成功する為の10カ条」は、児に安全か?
日本の周産期医療の問題点は、厚労省がカンガルーケア中の心肺停止などの事故報告を受けたにもかかわらず、「母乳育児を成功する為の10カ条」の安全確認を怠り、母乳育児の推進運動を積極的に後援している事である。母乳育児支援(完全母乳+カンガルーケア+母児同室)の問題点は、カンガルーケア中の医療事故だけではない。福岡市では、完全母乳・生後30分以内のカンガルーケアが普及した時期に一致して、発達障害児が驚異的に増加している事である。発達障害の原因は遺伝説・ワクチン説など諸説あるが、見逃せない点は、日本の政令都市間で発達障害の発生頻度に大きな違いがある事である。寒い札幌市の発生頻度は、他の政令都市(京都、名古屋、横浜)に比べ約1/10以下と極端に少ない。その理由は、寒い札幌では出生直後の低体温症防止に濃厚な医学的体温管理(保温)が行われている事によると考えられる。発達障害の原因が先天的な遺伝病であるならば、政令都市間で発達障害の発生頻度に極端な違いが出る筈がない。福岡市では発達障害児の増加率は、この20年間で約10倍に増加している事、発達障害児の発生頻度に分娩施設間で差があることが分った(福岡市の発達障害児の実態調査)。発達障害の発生頻度に地域差がある事などから推察すると、発達障害の原因は、先天的疾患(遺伝病説)とは考えにくい。福岡市では母乳育児推進運動(完全母乳・カンガルーケア)がスタートしてから、発達障害児が驚異的に増加している事から、国と福岡市は発達障害の原因究明のために周産期側からの調査研究班を立ち上げ、早急に対策を講じるべきである。

5、カンガルーケアはなぜ危険か
寒い分娩室における生後30分以内のカンガルーケアの問題点は、低体温症(末梢血管収縮)を促進する事である。日本のお産の常識は、厚労省の母乳育児推進運動によって大きく様変わりした。昔の「産湯」の習慣は姿を消し、生後30分以内のカンガルーケア(母子皮膚接触)が当たり前となった。昔の産湯の目的は、お湯を沸かす事によって部屋の温度を上げ、出生直後の寒冷刺激を少なくし低体温症の赤ちゃんを防ぐ為であった。ところが、現代の日本の分娩室は空調設備によって、赤ちゃんではなく大人に快適な環境温度(24〜26℃)に調整されている。赤ちゃんを管理する大人(医療従事者)が、現代の日本の分娩室が赤ちゃんには寒過ぎる環境温度である事を見落としている。その寒い分娩室で出生直後にカンガルーケアを普及させた事が、低体温症の赤ちゃんを増やす結果を招いた。カンガルーケア中のチアノーゼ、陥没呼吸、呻吟、過呼吸などの呼吸障害、心肺停止などのトラブルは、低温環境下における体温調節機構、つまり放熱抑制を目的とした持続的な末梢血管収縮が引き金となって発症した肺高血圧症が原因である。肺高血圧症とは、子宮内の胎児循環から胎外生活への肺循環への適応過程における呼吸循環器系の適応障害である。本症の予防策は、出生直後の低体温症を防ぎ、呼吸循環動態が安定する恒温状態への移行を早めるしか、他に方法はない。肺高血圧症が他の病気と異なる点は、生まれつき呼吸器・循環器に異常があったのではなく、出生直後の急激な環境温度の低下(寒冷刺激)による低体温を防ぐための体温調節機構(放熱抑制=末梢血管収縮)が引き金となって発生した呼吸循環器疾患である。

6、カンガルーケア中のチアノーゼ・呼吸停止は肺高血圧症が原因
6−1 出生直後の寒冷刺激(末梢血管収縮)が肺高血圧症を誘発する
寒い分娩室(部屋)で体温管理(保温)を怠り、母子皮膚接触(カンガルーケア)を長時間すると、児は自律神経能の働きによって放熱を防ぐために末梢血管収縮を強いられる。新生児にとって末梢血管収縮(冷え性)が危険な理由は、@下肢から心臓に戻る静脈還流の流れを妨げることによって、心拍出量が減少し、低血圧を来たす、A末梢血管収縮は、手足だけでなく肺動脈血管も同時に収縮し、右心室から肺動脈に流入する血液の流れを妨げる。肺動脈は末梢血管収縮によって肺血管抵抗が増大する為に、心臓(右室)から肺動脈に駆出された血液は、血管抵抗(圧)の少ない胎児期の動脈管・卵円孔を介して大動脈に流入する。カンガルーケア中にチアノーゼが出る理由は、静脈血が肺でガス交換されないまま動脈管を通り大動脈に直接流入するからである。即ち、静脈還流減少によって(体)血圧が下がり、肺血管抵抗増大によって肺血圧が上昇すると、肺血圧が体血圧より高くなり、肺高血圧症が成立しチアノーゼが出現する。この時、保温と酸素吸入を怠ると、低酸素血症が次第に強くなり、肺高血圧症の病態をさらに悪化させる。カンガルーケアを出生直後から積極的に行なう施設に肺高血圧症が多い理由は、母子皮膚接触を優先して、体温管理を怠り低体温症(冷え性)の赤ちゃんを増やしたからである。

6−2 ガルーケア中の呼吸停止が生後1時間前後に集中する理由
肺高血圧症は新生児にとって最も危険な呼吸循環器疾患であるが、出生直後の低体温症を防ぐための体温管理(保温)を怠らなければ、正常成熟新生児の肺高血圧症は防止できる。低出生体重児に肺高血圧症の事故事例の報告が無い理由は、2500g以下の未熟児は低体温の予防に、酸素が流れる温かい保育器内に収容し、点滴(糖液)で栄養補給をするからである。正常成熟新生児にカンガルーケア中のトラブルが多発する理由は、元気に生れた赤ちゃんには母乳育児支援が積極的に行われるからである。カンガルーケア中の事故(心肺停止)が生後1時間前後に集中する理由は、その時間帯が、@下肢(足底部)の体温が最も下降し手足が冷たくなる時期(末梢血管が最も収縮)、A血糖値が最も下降する時期、B呼吸・循環動態が最も不安定な時期、C自律神経機能が不安定な時期、つまり、新生児にとって最も危険な時期に母子同室とし、寒い部屋で母子皮膚接触(カンガルーケア)を行い、児の全身管理を素人の母親に任せたからである。事故は起こって当たり前である。

6−3 カンガルーケア中の事故原因について、国の答弁
国(厚労省)はカンガルーケアの実施に関する質問に対し、カンガルーケアと事故との因果関係は不明と答弁した。出生直後の新生児は呼吸動態及び循環動態が不安定であるからと、恰も新生児に問題があるかの様な報告をしている。しかし、出生直後の赤ちゃんに快適な環境温度(32〜34℃)を準備し、恒温状態への移行を早める体温管理を行えば、自律神経の働きによって呼吸動態及び循環動態は安定し、事故を未然に防ぐ事が可能である。当院では1983年の開業以来、出生直後の低体温症を防ぐための体温管理(保育器内収容)を27年間行ってきたが、肺高血圧症でNICUに搬送した赤ちゃんは0人(約12,000人中)である。酸素が流れる温かい保育器内(34→30℃)に出生直後の赤ちゃんを2時間収容すると、体温下降が少なく冷え性(末梢血管収縮)の赤ちゃんがいなくなる。この冷え性が新生児早期の適応過程に様々な悪影響(適応障害)を引き起こしていたのである。

6−4 カンガルーケア中の事故を防ぐための、新生児科医の安全性の確保について
カンガルーケアを推奨する新生児科医グループもカンガルーケアの安全性の確保の必要性があると、周産期学シンポジウム誌(2010年)に報告している。その安全確保とは、カンガルーケア中は機械的モニタリングを行う、蘇生に熟練したスタッフの存在(新生児蘇生トレーニングの習得)が必要と、述べている。しかし、機械的モニタリングで異常が見つかった時には、既に肺高血圧症の前兆であり、肺高血圧症の病態が完成した時には新生児蘇生トレーニングを習得した新生児科専門医であっても、脳障害を遺す事なく肺高血圧症の病態を短時間で回復させるのは先ず困難である。肺高血圧症に特効薬はなく、呼吸循環機能が正常に回復するまでの間に、低酸素性脳症・低血糖症が進み、脳に永久的な障害を遺すからである。つまり、肺高血圧症から赤ちゃんを守る為には、肺高血圧症の早期診断・早期治療では遅く、肺高血圧症にならない様に出生直後の低体温症を防ぐための医学的体温管理(保温)をするしか、他に方法はない。

7、カンガルーケア中の心肺停止は、乳幼児突然死症候群(SIDS)ではない。
7−1 SIDSは高温環境、カンガルーケア中の心肺停止は低温環境が引き金
カンガルーケア中の心肺停止と似た事故に、健康であった乳幼児が睡眠中に突然に死亡する乳幼児突然死症候群(SIDS)がある。カンガルーケア中の心肺停止とSIDSは環境温度の違いによって全く正反対の体温調節機構を示すが、カンガルーケアを推奨する医師グループはカンガルーケア中の心肺停止はSIDS(ALTE)と似た病態であるとし、原因不明の病気にしようとする。そこで、両者の病態は全く異なる点を強調しておきたい。両者の相違点は、事故に遭った赤ちゃんの特徴にある。即ち、カンガルーケア中に事故に遭った赤ちゃんの特徴は、チアノーゼが出て体が冷たい事である。一方、SIDSで亡くなった赤ちゃんは、死亡後も体が温かく、発汗が見られ、顔色はピンクである事である。この二つの異なった事故は、環境温度の異常(低温環境・高温環境)に対して、体温の恒常性(37℃)を維持するための自律神経が呼吸循環の安全性を犠牲にし、体温調節機構を優先したために引き起こされた事故である。厚労省(SIDS科学研究班)によると、SIDSは原因不明の病気と定義しているが、真相は着せ過ぎ(衣服内の高温環境)による高体温症(うつ熱)を防ぐための人間の体温調節機構(放熱促進+産熱抑制)が二次的に呼吸停止を引き起こした事故である。SIDSの原因が見つからない理由は、カンガルーケア中の心肺停止と同様に、SIDSは病気ではなく事故であるからである。SIDSのメカニズムは、高体温症(うつ熱)から身を守るための体温調節機構、つまり、放熱促進を目的とした持続的な末梢血管拡張作用(カテコラミン分泌低下⇒低血圧)と、産熱抑制を目的とした筋弛緩作用(呼吸運動抑制⇒低酸素血症)の相互作用による。

7−2 SIDS予防策:日本と米国の違い
米国小児科学会は、SIDSリスクについて次の様に再警告した。乳幼児突然死症候群(SIDS)で死亡する乳児の数は,寒冷期に増加する。多くの親は乳児の身体を保温するため就寝時に厚着をさせたり,余分に毛布をかけたりする傾向がある。米国立小児保健・ヒト発育研究所(NICHD)のDuane Alexander所長は,SIDSリスクを高めるため,親や養護者は睡眠時の厚着や毛布のかけすぎを避け,室温を上げすぎないように注意すべきであると、警告した(NICHD Alerts Parents to Winter SIDS Risk and Updated
AAP Recommendations January 18、2006)。
米国小児科学会(AAP)発表(AAP Recommendations January、2006)
(1)昼寝を含む就寝時には,常に乳児を仰臥位で寝かせる
(2)乳児を固い床面に寝かせる(例,安全性が確認されたベビーベッド用のマットレスをぴったりしたサイズのシーツで覆う)
(3)軟らかい物体,おもちゃ,ふわふわした寝具を睡眠環境から取り除く
(4)乳児の近くで喫煙しない
(5)親の寝室にベビーベッドを置くなど,乳児と親が同じ部屋で別々に寝るようにする
(6)乳児を仰臥位にした後,乾燥した清潔なおしゃぶりを与える
(7)睡眠中の過剰な暖房を避ける
(8)SIDSリスクを減少させるという宣伝文句で販売されている商品を使用しない
(9)SIDSリスクを減少させる目的でホームモニターを使用しない

(10)斜頭症の発生を予防するため,乳児が覚醒しているときにおとなが目を離さないようにしながら腹ばいにさせる。児を長時間,自動車のチャイルドシートに座らせない
※ 米国SIDSリスクの特徴
@ 睡眠中の過剰な暖房を避ける、ASIDSリスクを減少させる目的でホームモニター
を使用しない、B米国では人工乳はSIDSの危険因子に認められていない。

7-3 日本SIDS学会の問題点
@SIDSは「原因不明の病気」と定義した事、A日本のSIDS危険因子に、高体温症(うつ熱)を防ぐための「着せすぎ・暖め過ぎに注意」が無い事、B「人工乳」がSIDSの危険因子であるかの様な発表をした事。

日本では、ホームモニター(ベビーセンス)の使用を母子衛生研究会が宣伝等で普及協力を積極的に行うが、米国ではホームモニターを使用すべきではないとしている。ホームモニター使用に関して、両国間でなぜ違いがあるかについての説明は無い。日本SIDS学会は、睡眠中の過剰な暖房を避ける、をリスクと認めず、ホームモニターの使用でSIDSの早期発見に努める意図が伺える。しかし、米国は睡眠中の過剰な暖房を避けることで高体温症(うつ熱)を防ぎ、SIDSから赤ちゃんを守る事に主眼を置いている。乳幼児にとって高体温症(うつ熱)を防ぐための管理に警鐘を鳴らす方がより効果的と思うが、SIDS研究班はモニターを使った早期発見を優先する。
厚労省SIDS研究班は、米国と同様に睡眠中の乳幼児に最も危険な「着せ過ぎ・高温環境に注意」をSIDS危険因子に何故認めたがらないのかが疑問である。ホームモニターで異常が見つかっても、自宅で母親が治療が出来なければ早期発見の意味が無い。日本SIDS学会は、SIDSは原因不明の病気と定義しているが、病理学者・法医学者が病気をいくら探しても見つかる訳が無い。何故ならば、病理学者・法医学者は死亡後の研究者であり、生きた正常乳幼児を対象とした専門の科学者ではないからである。また、SIDSは病気ではなく、着せ過ぎ・温め過ぎ等による体温調節機構のトラブルによる事故であるからである。

7−4 乳幼児突然死(SIDS)は高体温症(うつ熱が原因)
「寒い・暑い」を言葉で訴えることが出来ない赤ちゃん、異常な環境から逃げ出すことの出来ない赤ちゃん、大人は赤ちゃんを事故から守る為に児に安全で快適な環境温度を準備する義務がある。出生直後のカンガルーケアを推奨する厚労省は、日本の分娩室が出生直後の赤ちゃんにとってどんなに寒い危険な部屋か、睡眠中の乳幼児にとって着せすぎが如何に危険かを医療従事者だけでなく国民に知らせるべきである。厚労省は睡眠中の赤ちゃんの高体温症(うつ熱)がなぜ危険か、発熱とうつ熱の違い、それらの原因と予防法について国民に報告すべきである。

8、日本の周産期医療の問題点は、赤ちゃんを事故から守る予防医学の欠如
寒い分娩室で臍帯が切断され栄養摂取が未だ出来ない赤ちゃんにとって最も注意すべき点は、母乳育児のためにカンガルーケアをいかに早く、長時間するかではない。出生直後からの体温下降をいかに防ぎ、いかに早く児を恒温状態に安定させ自律神経機能を正常に作動させるかが新生児管理の基本である。出生直後の自律神経機能が最も不安定な時期に、最も栄養(グルコース)と酸素が必要な時期に、生後30分以内のカンガルーケアと糖水・人工乳を飲ませない完全母乳栄養法は、児の安全性を無視した危険な医療行為(虐待)である。日本母乳の会は、生後30分以内のカンガルーケアと完全母乳栄養を実践する施設を赤ちゃんに優しい病院(BFH)と認定し、厚労省はBFH制度を積極的に支援する。カンガルーケア中の事故はBFHに多発している事から、厚生労働省はBFHが本当に赤ちゃんに優しい病院かどうかを調査すべきである。カンガルーケア中の事故、発達障害、SIDSを防ぐためにも、国は.母乳育児の支援ガイドを早急に見直し、児の安全と健康を第一に考え、母乳育児支援(完全母乳、カンガルーケア、母子同室)の長所だけでなく、それらの短所も国民に報告する義務がある。国の「授乳・離乳の支援ガイド」の見直しがなければ、NICU不足・カンガルーケア中の医療事故、発達障害児の増加に歯止めが掛からず、日本の少子化・NICU不足はさらに加速すると予測する。国は、赤ちゃんを医療事故・発達障害から守り、またNICUに入院する赤ちゃんを減らしNICU不足を改善する為にも、現行の母乳育児支援策を見直し、予防医学を優先した授乳・離乳の支援ガイドに改訂すべきである。日本の周産期医療の問題点は、正常(元気)に生れた赤ちゃんが、より正常(健康)に育つためのガイドライン(予防医学)が欠如している事である。

9、国は、周産期医療に予防医学の導入を!
厚労省が策定した「授乳・離乳の支援ガイド」 つまり、生後30分以内のカンガルーケア・完全母乳・母子同室が見直され、早期新生児の低体温症、低血糖症、重症黄疸を防ぐ為の予防医学が取り入れられたならば、カンガルーケア中の心肺停止、発達障害児の増加を防ぐだけでなく、NICUに入院する新生児数の大幅な削減効果が期待出来る。周産期医療における予防医学の導入がもたらす経済効果は兆円規模と推測する。厚労省は、赤ちゃんに優しい病院(BFH)とは、カンガルーケア・完全母乳・母子同室を行う施設ではなく、早期新生児の低体温症、低血糖症、低栄養、重症黄疸を防ぎ、発達障害を防ぐための予防医学を取り入れた産科施設をBFHとすべきである。東日本大震災による被災者の救援と被災地の復興を願う国民の一人として、政府に対し予防医学の導入による経済効果の一部を、被災者支援・障害者支援に充てて頂くことを提案したい。少子化対策の一環として、政府は健康で元気な赤ちゃんを育てるための予防医学を基本とした周産期医療の改革を早急に発動される事を願う。