カンガルーケア と呼ばないで

安全印象に学会警鐘


2012年8月13日(月曜日)朝日新聞(朝刊)

赤ちゃんを出産直後に母親が抱っこする「カンガルーケア」について、日本周産期・新生児医学会は、呼び方を「早期母子接触」に変えるとの案をまとめた。事故も起きており、「安全」とのイメージをふっしょくするためだ。ケア中は赤ちゃんに異常がないか、医療者がモニターなどで観察し、リスクも事前に説明、同意を得ることも、お産現場に提案していく。

カンガルーケアは国内では1990年代、母子関係を深めるために、早産などで新生児集中治療室(NICU)に入院中の赤ちゃんで始まった。最近は、早産でなくても、出産直後の赤ちゃんに広まった。ただ、生まれた直後は体調が急変しやすく、ケアの有無にかかわらず、脳障害や死亡につながることもある。 国立成育医療研究センターの久保隆彦さんらの調査(2010年)では、お産ができる全国585施設の6割がケアを行い、21件の急変例が報告された。急変を早期発見できるよう、赤ちゃんの酸素濃度などを観察している施設は半数以下だった。学会は呼び方から安全とのイメージが独り歩きしていると考え、NICUに入った赤ちゃんへのケアと、一般の赤ちゃんへのケアを区別し、後者を早期母子接触と呼ぶことを提案する。(岡崎明子)

―学会発表に異議―
報道(朝日新聞)によると、日本周産期・新生児医学会は生まれた直後は体調が急変しやすく、ケアの有無にかかわらず、脳障害や死亡につながることもある、と発表した。しかし、学会は脳障害や死亡につながる原因を解明しようとしないどころか、今度は、いままで推奨してきた分娩室での「カンガルーケア」を「早期母子接触」と呼ぶ、と発表した。その背景には、NICUでのカンガルーケアは安全、出産直後の「早期母子接触」は危険である事を訴えたいのであろう。そして、早期母子接触中の事故(心肺停止・脳障害)は、ケアの有無にかかわらず起こっているから、事故原因は医療側ではなく、赤ちゃんと母親側に問題点があると、医療側の責任逃れともとれる今回の発表である。
国立成育医療センターの久保隆医師は、全国585施設の6割がケアを行い、21件の急変例が報告されたと発表しているが、21件の内訳を公表すべきである。例えば、出産直後のカンガルーケアと完全母乳・母子同室を遵守する「赤ちゃんに優しい病院(BFH)」で何例、BFH以外の施設で何例と発表すべきであった。厚労省・学会が、「赤ちゃんに優しい病院」に事故が多発している事を隠し続ける限り、事故は繰返され、心肺停止事故・脳障害・発達障害児は増えるであろう。

■NICUでのカンガルーケアと出産直後の「早期母子接触」との違い
カンガルーケア(NICU)は安全で、分娩室での「早期母子接触」は何故危険か、両者の違いについて述べる。尚、下記の資料は、平成24年6月14日、厚生労働省にて、泉 陽子雇用均等・児童家庭局・母子保健課長に手渡した。その後、厚労省で、出生直後のカンガルーケア(STS)の危険性について記者会見をおこなったが、一切報道はされなかった。記者会見の内容はMedical Tribuneに掲載されたのみであった。

1、寒冷刺激の有無 ―日本の分娩室は、赤ちゃんに寒過ぎるー
NICU入院中の新生児には出生直後の寒冷刺激(胎内と胎外の環境温度差)が無いために、児は「恒温状態」に安定している、すなわち、呼吸循環・消化管・糖代謝などを司る自律神経機能は正常に機能している。一方、出生直後に寒い分娩室で寒冷刺激を受けた赤ちゃんは、低体温症(冷え性)の状態で末梢血管は収縮し、自律神経は交感神経優位(カテコラミン↑)に偏り、呼吸循環動態・糖代謝を不安定としている。生後間もない赤ちゃんの呼吸循環動態が不安定な理由は、体温が「恒温状態」に安定していないからである。出生直後は体調が急変しやすく、ケアの有無にかかわらず事故が発生するのは、体温が “恒温状態”に安定していないからである。事故は、赤ちゃんや母親側に責任があるのでなく、赤ちゃんの体温を管理する医療側に問題(管理ミス)があるのである。
さらなる問題は、カンガルーケア中に事故を起こした医療側は、患者家族にカンガルーケア中の心肺停止の原因は乳幼児突然死症候群(SIDS)・ALTEと考えられると説明している事である。カンガルーケア中の事故は出生直後の “寒冷刺激”が引き金である。一方、SIDSは原因不明と発表されているが、真実は着せ過ぎ(放熱障害)・高温環境・うつぶせ寝などによる 高体温(うつ熱)が原因である。前者は寒冷刺激(末梢血管の収縮)、後者は温熱刺激(末梢血管の拡張)、両者の発生メカニズムは根本的に異なる点を、第24回日本母乳哺育学会(2009年9月)で発表した。病院側は、事故原因を原因不明のSIDSの可能性が強いと説明し、患者家族は泣き寝入りされているのである。SIDSは原因不明の疾患であると主張し続ける厚労省のSIDS科学研究班にも問題がある。病院側は事故を原因不明のSIDSと説明し、責任逃れをするのである。厚労省・医療側にとって、SIDSは都合の良い疾患名である。カンガルーケア中の心肺停止事故は、乳幼児突然死症候群(SIDS)・ALTEではないことを強調しておきたい。学会は、厚労省の都合ではなく、患者側にたった真実を世に発表すべきである。

2、体位の違い ―うつぶせ寝での授乳が最悪の事態を招く―
NICUでは、母親は座位で、赤ちゃんの頭を支えカンガルーケアを行うために窒息事故は防げる。しかし、出生直後の早期母子接触(STS)は母親の体位が分娩台・ベッド上で水平位のため、お腹の上に乗せられた赤ちゃんは「うつぶせ寝」の状態となる。児頭の重さ(体重の約1/3)で口腔・鼻腔は塞がれ、解剖学的に気道閉鎖(窒息死)を起こし易い。「うつぶせ寝」は、乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険因子とされているが、首が座っていない赤ちゃんをうつぶせ寝状態にして、乳首を吸啜させる事は、真に自殺行為である。乳首は口の中で、赤ちゃんは口呼吸が出来ない上に、頭の重さで鼻腔は乳房に埋もれ、口・鼻呼吸も出来ない状態(気道閉鎖)になるからである。事故例の多くが、異常発見時にうつぶせ寝の状態の赤ちゃんの口の中に、乳首が入ったままの状態で見つかっている。日本周産期・新生児医学会・厚労省は、うつぶせ寝状態での母乳摂取(直母)は窒息事故を引き起こすため、出生直後の分娩室・母子同室中での「早期母子接触」は直ぐに中止する様に国民・医療関係者に通達すべきである。うつぶせ寝での授乳は、呼吸管理の上で “初歩的ミス” である。

3、栄養状態の違い ー完全母乳の赤ちゃんは飢餓状態―
NICU入院児は、新生児が1日に必要とする基礎代謝量(50kcal/kg/day)以上のカロリーを摂取している。つまり、NICU入院児は飢餓状態ではない。また、NICUは赤ちゃんに快適な環境温度に調節されているため自律神経機能は安定し、低体温・低血糖に陥る危険性が無い。
一方、寒い部屋(分娩室・母子同室)での「早期母子接触」と完全母乳の赤ちゃんは、生後24時間以内は飢餓状態にある。また、手足が冷たい冷え性(末梢血管収縮)の赤ちゃんは、肝臓・腎臓での糖新生が抑制され、消化管機能(消化・吸収)も低下しているため低血糖症に陥り易い。故に、出生直後の医学的管理(体温管理+栄養管理)を怠ると、低血糖症は進み、チアノーゼ・ケイレン・筋弛緩・無呼吸発作などのヒヤリハット事例を招く。低血糖症が遷延すると発達障害(自閉症)児を増やす。発達障害の原因が不明と診断される理由は、ただ血糖検査を行っていないからである。

4、環境温度の違い
NICUは、大人ではなく赤ちゃんに快適な環境温度に設定されている。一方、分娩室や母子同室の母親がいる室温は、赤ちゃんではなく、大人に快適な環境温度に設定されている。つまり、NICUの室温は分娩室より温かい環境温度に設定されている為に、栄養が確立したNICU入院児は余程のアクシデントが無い限り、低体温症・低血糖症に陥ることはない。NICUが安全な理由は、低体温症・低血糖症の赤ちゃんがいないからである。一方、赤ちゃんには寒過ぎる分娩室・母子同室が危険な理由は、赤ちゃんを管理する医療従事者(助産師)が体温管理(低体温の予防)を怠っているからである。学会は、新生児蘇生法の講習会をする前に、出産直後の寒冷刺激に伴う低体温症の危険性を、赤ちゃんを管理する全ての医療従事者に伝えるべきである。また、新生児蘇生を必要とする危険な保育管理(出生直後のカンガルーケア+完全母乳+母子同室)を推奨するのではなく、蘇生の必要がない予防医学に基いた安全な医療(哺育管理)を推進すべきである。日本の周産期医療が二流なのは、出産直後の新生児管理に安全対策(予防医学)が欠如しているからである。

5、看護師と助産師の違い
・分娩室には助産師がいるが、助産師はお産のプロであって、新生児管理のプロではない。NICUには、新生児の体温・呼吸循環・栄養などの全身管理を専門とする看護師が赤ちゃんを24時間体制で観察しているので安全である。尚、看護師の教育は医師がするが、助産師の教育は医師ではなく助産師が行う場合がほとんどである。
・助産師は母乳育児の3点セット(出生直後のカンガルーケア・完全母乳・母子同室)の長所を学習しているが、短所(低体温症・低血糖症・うつぶせ寝の危険性)についての学習は殆んどしていない。その証拠に、産後の子宮収縮の目的で母親の下腹部にアイスノンをのせ、その母親にカンガルーケアを行い、心肺停止事故を起こした事例が複数ある。アイスノンが赤ちゃんに危険な理由は、下肢の末梢血管収縮を強め、下肢から心臓に戻る静脈還流を減少させ、低血圧を招くことである。同時に、アイスノンは下肢の末梢血管収縮と連動し肺血管も収縮するため、低血圧も手伝って、肺高血圧症(チアノーゼ)の病態(呼吸循環動態の不安定)を引き起こすからである。下図


6、事故は起こって当たり前 -安全対策の欠如―
下肢が冷えると何故危険か、低体温予防(保温)がなぜ重要か、日本の助産師は母乳育児を学習する前に、新生児の低体温症・低血糖症・低栄養(飢餓)の危険性を学ぶべきである。産直後の母親の下腹部にアイスノンをのせ、赤ちゃんは “3日分の水筒と弁当” を持って生れてくる、科学的根拠の無いこの俗説を刷り込まれた助産師が大勢いる限り、赤ちゃんは「冷え」と「飢餓」に苦しみ、低体温・低血糖・低栄養(飢餓)による事故を繰返す。NICUが安全な理由は、NICUのナースは科学的根拠の無い精神論より、科学的根拠に基いた医療を優先するからである。一方、助産師は科学より自然主義と精神論を優先するところに両者の違いがある。科学が育たない所に事故が増えるのは当たり前である。

7、新生児管理の基本
NICUでのカンガルーケアが安全な理由は、新生児管理の基本である体温管理・呼吸管理・栄養管理が、新生児の全身管理を専門とするスタッフによって管理されているからである。一方、出生直後のカンガルーケア(STS)が危険な理由は、分娩室・母子同室の部屋が児にとって寒すぎるにもかかわらず児の体温管理(低体温予防)を怠り、さらに母乳が出ていないにもかかわらず栄養管理(低血糖予防)を怠り、赤ちゃんを低体温症・低血糖症(低栄養)・低酸素血症から守るための安全対策(予防医学)を怠っているからである。日本では産科医不足のため院内助産院が増える傾向にあるが、赤ちゃんにとって危険が多すぎる。厚労省は院内助産院の利点だけでなく、短所(予防医学の欠如)について、対策を講じるべきである。日本周産期・新生児医学会は、異常に陥った赤ちゃんを救命する新生児蘇生法を指導する前に、正常に生れた赤ちゃんが異常(心肺停止・脳障害)にならないように、予防医学に基いた新生児管理の基本(体温管理・呼吸管理・栄養管理)を先ず指導すべきである。

■要約
寒い部屋(分娩室・母子同室)でのカンガルーケアと完全母乳の赤ちゃんは、生後24時間以内は真に飢餓状態にある。また、手足が冷たい冷え性(末梢血管収縮)の赤ちゃんは、肝臓・腎臓での糖新生が抑制され、消化管機能(消化・吸収)も低下しているため低血糖症に陥り易い。故に、医学的管理(体温管理+栄養管理)を怠ると、低血糖症は進み、チアノーゼ・ケイレン・筋弛緩・無呼吸発作などのヒヤリハット事例を招く。低血糖症が遷延すると発達障害(自閉症)児を増やす。発達障害の原因が不明と診断される理由は、ただ血糖検査を行っていないからである。※ガイドラインは、カンガルーケア(STS)中の酸素飽和度モニターの使用を義務付けているが、末梢深部体温(冷え症)・血糖値のモニターは酸素飽和度モニター以上に重要である。カンガルーケア中の酸素飽和度の低下は、低体温(冷え性)・低血糖が引き金となり発症した結果であるからである。つまり、酸素飽和度モニターで異常が見つかった時は、児は既に低体温症・低血圧・肺高血圧症・低血糖症に陥った後である。生命は助かっても、児の予後は悪い。近年、発達障害児が驚異的に増加しているが、増え始めた時期は、厚労省が完全母乳と出生直後のカンガルケア(STS)を推進した後からである。学会と厚労省は、母乳育児推進(完全母乳+カンガルケア)と発達障害との因果関係を直ちに調査すべきである。

■ 対策:正常をより正常に!
寒い分娩室(24℃~26℃)に生れた赤ちゃんの低体温(冷え性)を防ぎ、いかに早く恒温状態に安定させるか、母乳が出ない時期、とくに生後24時間の低血糖症・飢餓を防ぐにはどうすれば良いのか、出生直後の低体温症・低血糖症を防ぐための安全対策(予防医学)が、赤ちゃんを心肺停止事故・発達障害から守るのである。しかし、母乳育児を推進する厚労省の「授乳と離乳の支援ガイド」に、赤ちゃんを心肺停止事故・脳障害から守る安全対策は微塵も無い。
学会は、生まれた直後は体調が急変しやすく、ケアの有無にかかわらず、脳障害や死亡につながることもあると発表したが、体調が急変し、心肺停止事故が繰返される理由は、正常に生れた新生児が異常(低体温・低血糖・肺高血圧症)に陥らない様にするための安全対策(予防医学)が無いからである。予防医学に基いた「正常をより正常に」の発想が、赤ちゃんを心肺停止事故・脳障害から守ってくれるのである。

■ 結論
厚労省は、「授乳と離乳の支援ガイド」の母乳育児の3点セット(早期母子接触+完全母乳+母子同室)を、即刻中止する様に指導すべきである。3点セットを遵守する「赤ちゃんに優しい病院」に、心肺停止事故・脳障害が多発している事が分かっているからである。国立成育医療研究センターの久保隆彦医師は、全国585施設で起こった事故件数21件を、「赤ちゃんに優しい病院(BFH)」とBFH以外の分娩施設の2群に分け、事故発生頻度を個々に発表すべきである。「赤ちゃんに優しい病院」が今後も増え続け、BFHが存続するのであれば、日本は少子化が進み、間違いなく崩壊するからである。


久保田史郎 平成24年9月17日